メッセージ

マルタ號社長の山田哲大でございます

当社は杜の都・熊本市の中心市街地、西日本最大級のアーケード街の下通商店街の入り口にあります。創業は1917年頃、総合雑貨店として産声を上げ私で三代目です。

「商品・サービスを通して笑顔を」をモットーに戦後はスポーツ店を経て現在は婦人紳士服雑貨を扱っています。 インターネット通販やいろいろな販売形態のある中で、創業以来品質のよい商品を一品ずつ仕入れて、face to face(顔の見える)で販売するこころの触れ合いを大事にしております。

お蔭様で皆様にご信頼をいただき、30年を超えてご愛顧いただいているお客様もたくさんいらっしゃいます。これからもお客様に笑顔になっていただけるように社員一同頑張ってまいりますのでご愛顧のほど宜しくお願いいたします。

最後に当社の名前の由来ですが、よくマルタ號と聞いて何屋さんですかと聞かれます。自転車屋さんですかと言われたこともありました。当社の初代は田中熊七といいまして、サインするときに田に○としておりました。それがマルタとなり、號は日本では○○屋といいますが、中国では屋號の號を使い、○○號というそうで、それでマルタ號となりました。

山田哲大(やまだてった)株式会社マルタ号代表取締役

現職

  • 熊本市新天街商店街理事
  • 熊本市上通五丁目商店街振興組合理事
  • 熊本県商店街振興組合連合会理事及び相談役

元職

  • 前熊本市下通新天街商店街振興組合理事長
  • 前下通繁栄会会長
  • 元中心商店街等連合協議会会長
  • 前WASSA MODA会長
  • 前熊本県商店街振興組合連合会会長

Photo Blog

まちとともに

熊本市の中心街である下通商店街とともに、100年。戦争や恐慌といった、ありとあらゆる困難を乗り越えてきたマルタ號の長い歴史は、地元の人たちとのつながりで織り成されてきました。世代を越えて愛され続ける理由は、品質に対する揺るがない理念と、信頼を勝ち得てきた誠実な取り組み。ともに成長を続ける地元商店街の方々に、マルタ號や商店街との思い出やこれからについてメッセージを寄せていただきました。

『”和”を大切にする商店街にエールを!!』

熊本県中小企業団体中央会
園田智恵・野田聡美
『次の100年もいっしょに』

日吉屋
秋吉健司・秋吉健一郎
『熊本の中心にマルタ號あり』

株式会社コグマ
土師衡三・土師英嗣
『GO!GO!マルタ號!!』

京塚質屋
児玉隼人
『震災に負けないで一緒にガンバロー』

マキノ
牧野孝信
『来街者により楽しみよろこんでもらえる街づくりを一緒にやって行きましょう!』

メガネの大宝堂
布田昭
『熊本に新しいファッションの潮流を!』

メガネの大宝堂
布田善久
『伝統とイノベーション!!』

長崎書店
長崎健一
『マルタ號さん下通りとともに!』

三陽株式会社
木下修
『マルタ號は熊本商店街の立役者。熊本にファッションの風をおこした』

八起堂
興田哲夫
『感謝』

美容室ZOU-ZOU
河津吉昭・河津清美
『一緒に盛り上げましょう』

地銀勤務
川崎大輔

これまでとこれから

マルタ號の代表山田哲大と、その次男でファクトリエ代表である山田敏夫が、マルタ號のこれまでの100年と、これからの100年というテーマで語り合いました。


山田敏夫 : ひとつの企業が100年続くというのはすごいことですが、マルタ號はなぜそれが可能だったのでしょうか。

山田哲大 : マルタ號は創業が大正時代で、戦前、戦中、戦後と時代を生きてきました。小売店が残っていくためには、時代に合っているとか、人通りが多い場所に店を構えるとか、繁栄している土地を見極めるといったことが必要です。たとえば戦前は下通よりも上通のほうが繁華街で栄えていたんですよ。マルタ號もその頃は上通に店があって、戦後の下通の発展に合わせるように移転してきた経緯があります。先代や先々代は、街の発展や人の流れの移り変わりを見る目もあったのだと思いますね。ただ一番大事なことは、お客様がマルタ號を信頼してご愛顧下さっている事だと思います。感謝しております。

山田敏夫 : 昔は上通の方が栄えていたんですね。

山田哲大 : 時代を振り返れば、100年間ずっと栄え続けてきたという場所はないんです。いまはここが中心部ですが、JR熊本駅周辺をはじめ各地で再開発が進んでいます。東京も同じですよね。開発によって比重が移っていくんです。あと20年したら、このあたりは「昔は栄えてて~」なんて言われているかもしれません。

山田敏夫 : 下通から中心地が移ってしまうのは寂しいし想像したくないですが、絶対にないと言えないのは確かですね。ファクトリエは商業施設へ期間限定という形で出店することも多く、人の流れや対象層を考えながらどこに展開するかを決めています。街の動きを見極めながら生き残ってきたマルタ號ですが、社長が継いでから20年が経ちました。先代から受け継いだものは何だと思いますか。

山田哲大 : 先代がよく言っていたのは、「帆掛け船方式」「相撲の土俵」です。帆掛け船という例えは、時代の流れの風を捉えるということです。問題がおきたらその都度解決しながら、うまく流れにのっていく。相撲の「のこったのこった」は、どんな形でも屋号を残せという意気込みですね。お店を大きくすることを目指すというよりは、とにかく屋号をいつまでも長く残して行けということです。先代は先々代と血のつながりがなかったのですが、見込まれて屋号を譲られ、社長になりました。身内でもない自分に受け継がせてくれたのだから、屋号を潰すなんてことはあってはならない、ずっと残していきたいと生前に語っていました。

山田敏夫 : 子供心に、祖父がそう言っていたのを私も覚えています。いまは、マルタ號とファクトリエ、両方のブランドを長く残して行きたい気持ちでいます。先代から引き継いで守っているこうしたものとは逆に、社長になってから変えてきたのはどんなことでしょうか。

山田哲大 : 時代の流れの違いを意識することでしょうかね。今の主流はインターネットでの購入ですが、店舗だからこそより濃いお客様との人間関係が強みになると思っています。たとえばうちのお客様は30年以上のお付き合いの方も多いのですが、そこでの基本は人と人とのつながりです。自信をもって勧められる商品をセレクトするだけではなくて、その方の好みや家族構成、入学式や授業参観など家族行事を全部把握したうえで、「これは○○さんに」といった形で仕入れています。商売というよりも、人と人とのつながりを築いていくようにしています。

山田敏夫 : マルタ號は昔からのお客様が本当に多いですよね。小さい頃からきてくれているお客様に声をかけられるたび、長く愛されているお店なのだなといつも嬉しくなります。社長就任のときは、長年のお客様からも見守られつつだったのではと思います。引き継いだ頃のことを、どんな風に覚えていますか。

山田哲大 : 引き継ぎは混乱が多かったのを覚えています。就任前に幹部社員がまとまって辞めたり、ちょうど次男が生まれたタイミングだったりで、引き継いだ後もずっと必死に向き合ってきた感じですね。あまりに仕事に一生懸命だったので、子供達がどうやって育ってきたか実はあんまり記憶がないんですよ。家内や、家のことを手伝ってくれている方が子供たちの面倒をみてくれました。孫もできた今になって、ようやくちょっと余裕ができたかなと思います。次の引き継ぎも考えていますが、どうやったらスムーズに進むかが難しいところですね。

山田敏夫 : 店の上に家があったので、あまり寂しいと感じたことはありません。ただ、いま自分が社長として日々会社のことを考えるようになってようやく、あのときの大変さを少し理解できるようになった気がします。社長になってからのマルタ號の大きな変化の1つは、ファクトリエ商品の取り扱いを始めたことではないでしょうか。現在店舗の半分がファクトリエの商品ですが、昔からのお客様の反応はどうですか。サンプルを店頭で展示し、注文はネットで受け付けて後日商品を配送するというシステムですが、戸惑いはありませんでしたか。

山田哲大 : みなさん感覚が若いので、ファクトリエの商品も買ってくださいます。ファクトリエのお客様も年代層が幅広いので、逆にマルタ號の商品を買ってくださったりもします。良い相乗効果です。ただ、熊本地震以降は少し途切れてしまいました。システムについては、正直に言うと、最初は商品を置きたかったんです。やっぱりうちは小売りなので、お客様の要望としては、買ったら持って帰りたいんですよ。最初のうちはサンプルをお持ち帰りいただいたりもしていましたが、最近は品数が多くなってきたのでそれもやめました。注文を取りまとめてから発注することの効率の良さは理解していますが、小売店としてのメリットをどう発揮するかはまだ模索しています。

山田敏夫 : 各店の特色がありますので、これから改善していければと思います。さて、熊本地震の影響の影響はいかがでしょうか。

山田哲大 : そうですね。どの小売店にも言えることですが、地震があって補修などの出費が増えます。売上げが震災前の状態に戻ればいいのですが、現状では低迷しているため費用削減が必要になってきます。それが雇用に及んでしまうと博多等に流出して、人口減少に拍車がかかり地元の景気が低迷することを心配してます。地震から数ヶ月経っても、復旧モードから復興モードにはまだなっていないですね。

山田敏夫 : ファクトリエでも、復興支援にのためのチャリティーTシャツを販売し、2,000着以上のご購入がありました。できる支援には取り組んでいくつもりですが、まだまだ時間がかかりそうですね。マルタ號の商店街における役割についても伺いたいと思います。熊本県商店街振興組合連合会理事をされていますが、商店街においてのマルタ號のこれからの役割をどのように考えていますか。

山田哲大 : 商店街の個性を作り出していくことですね。商売をしていくにあたって、栄えている場所にお店を構えるというのも1つの方法ですが、商店街としては人の流れを追うのではなく、人の流れを作ることを考えなければなりません。どこにでもあるような店舗ばかりだとこの商店街に来ていだたく意味がないので、「ここにしかないもの」をいかに作り出せるかが大事です。ファストファッションの流行で、そこそこの品質の商品を短いサイクルで着て捨てるという考えが広がっていますが、今後はそれらと高品質な商品との二極化が広がると思っています。商品という面でも、サービスという面でも、時代の流れにあった、お客様をひきつける個性やポリシーを持つことが必要です。熊本地震でショッピングセンターが被害を受けたので、若い人がいま商店街に戻ってきているんですよ。東京や大阪からもお客様が来てくださったりします。そういう方にいかにリピーターになっていただくかですね。

山田敏夫 : ファクトリエの商品も、商店街の「ここにしかないもの」の個性のひとつにしていきたいですね。これまでの100年についてたくさんお話を聞いたところで、今度は次の100年に残したいものについて聞かせてください。

山田哲大 : これからも引き続き、人と人とのコミュニケーションを深めていくという方針を大事にしていきたいですね。近頃は世の中の発展がめざましく、長期計画ですら3年というスパンで考えるくらいで、100年後の世界は全く想像がつきません。宇宙旅行が当たり前になっているかもしれませんね。ただ、基本的な業務がIT化されたとしても、残るものは人と人とのコミュニケーションだと思っています。人と人との心の触れ合いを大事にしていきたいですね。

山田敏夫 : ファクトリエもネットでのやりとりが主流なので、お届けする商品にメッセージを入れたりと、お客様とのコミュニケーションをどう深めていくかをいつも考えています。

山田哲大 : コミュニケーションといえば、お店とお客様だけではなく、個店と商店街と行政の3者のコミュニケーションも大事です。市からの助成金でイベント等も行っていますが、ショッピングモールなどと違って、効果がはかりにくいのが現状です。効果を検証してつぎのイベントに繋げられるような、もっと効果的な協力のやりかたがあるのではと模索しています。

山田敏夫 : 商店街を盛り上げていく役割も、マルタ號に期待されていることということですね。マルタ號のこれまでの100年と、このつぎの100年をテーマにお話を伺いましたが、こうした長期的な展開の話ができたのはとても貴重な機会でした。ありがとうございました。

山田哲大 : こちらこそ、ありがとうございました。この次の100年については、バトンタッチされた人がどうしていくかということでもあります。

山田敏夫 : はい、気が引き締まります。長い歴史を受け継いでいくのだという意識があらためて強くなりました。

山田敏夫 (ファクトリエ代表)

1982年10月20日生まれ。熊本県出身。

大学在学中、フランスへ留学しグッチ・パリ店で勤務し、一流のものづくり、商品へのこだわり・プロ意識を学ぶ。2012年1月、ジャパンブランドの直販サービス「ファクトリエ」を展開するライフスタイルアクセント株式会社を設立。年間訪れるものづくりの現場は、100を超える。

Factelierのサイトはコチラ

会社沿革

1917年頃 - 初代 田中熊七 マルタ號創業。総合雑貨店として開業
戦後 - 二代目山田定 社長就任。スポーツ洋品店へ変更
1960年 5月 合資会社マルタ號設立。婦人および紳士服JUN VAN取り扱い
1973年 3月 株式会社マルタ號設立
1993年 3月 三代目 山田哲大社長就任。婦人服のみ取り扱い
2015年 4月 ファクトリエ取り扱い開始
現在 - 婦人服およびファクトリエ商品取り扱い

店舗情報

  • 〒860-0808
  • 熊本県熊本市中央区手取本町4-7
  • 電話番号:096-352-0425
  • 営業時間:11:00〜19:00
  • 定休日:毎週火曜日